百田尚樹の盗作疑惑に納得

 2年ほど前に、「「永遠の0」を読んでー謎の安倍首相支持」という、文章を、このブログに書いた。
以下に最後の部分を再掲する。


『こうして観ていくと、この「永遠の0」は決して戦争賛美の作品ではないし、無能な軍隊の上層部に対する批判もきちんとある。また特攻の人たちが決して純粋な志願ではなく、周囲から強制されたもの(戦争という悲劇の中でも若い人たちが対象であっただけに、最も悲惨な行為)であることも押さえている。つまり国同士の戦争という巨大な歯車の中では、神風や人間魚雷は犬死であること、また個人としての生き方の美学の上では立派な人達であったこととは矛盾しないことをしっかり描いている。

 
 このように観てくると、何故百田さんが千鳥ヶ淵戦没者墓苑の参拝でなく、靖国神社(無能な上層部も祀られている)に拘るのか謎である。また作戦の当否どころではなく、歴史認識や現状認識がずれまくりの、そして恐らくは自らはのうのうと後方にいて、部下を平気で死地に追いやる無能な上に冷酷な上層部の代表のような人物の安倍首相や田母神俊雄を応援するのか矛盾というか謎というしかない。戦争文学として佳作と認める一方、この辺りの謎は深まるばかりであった。』

つまり、この良質な戦争文学を書いた人物と、現実の百田尚樹とがどうしても重ならない違和感は最初から強くあった。また「海賊と呼ばれた男」の品のない文章と、この「永遠の0」のまともな文章とはやはり同じ人物とは思えず、ずっと???だったが、それが今回の盗作だか、パクリ疑惑で納得した。

つまりパクリに使われたらしい浅田次郎はなかなかの名文家だし、同じくパクリに使われたらしい重い現実を引きずって書かれた戦記物は、ちゃんと戦争の悲劇を見据えて書かれたものだからだ。社会ではきちんと盗作やパクリを具体的な箇所で検証する必要があるだろうが、個人的にはパクリ・盗作疑惑は間違いないと思える。


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